長谷川恭久さんが語る、「決まりきった働き方や概念」が存在しない時代のデザイナー像

「エンパシー能力を高めよ」——長谷川恭久が若手デザイナーに伝えたいこと

アメリカの大学でWebに出会い、20年以上Web領域のさまざまなデザインに携わる長谷川恭久さん。デザイン会社への就職や下積み期間などは未経験。独立を選び、自分らしく道を切り開いてきました。 そんな長谷川さんは、これまでどのように自身のキャリアを築き、第一線で歩みを進めてきたのでしょうか。そのキャリア観と合わせて、若手デザイナーが成長角度を上げる上で考えるべきことを伺いました。

公開日:2019/09/29最終更新日:2019/09/30

長谷川恭久
UI/UX Designer
デザインやコンサルティングを通じてWebの仕事に携わる活動家。 アメリカの大学にてビジュアルコミュニケーションを専攻後、マルチメディア関連の制作会社に在籍。日本に帰国後、数々の制作会社や企業とコラボレーションを続け、現在はフリーで活動。自身のブログとポッドキャストではWebとデザインをキーワードに情報発信をしているだけでなく、各地でWebに関するさまざまなトピックで講演を行ったり、多数の雑誌で執筆に携わる。 著書に『Experience Points』『Web Designer 2.0』など。

1.自分が「メディア」になれる——Webの虜になった大学時代

長谷川さんは、大学時代から今に至るまで、主戦場をWebに置いています。その背景には、大学進学を機に渡ったアメリカで、Webの魅力に開眼した経験がありました。

長谷川「アメリカの大学では、もともと国際関連学の勉強をしていました。ところが、向こうでたまたまWebに出会い強く興味を惹かれたんです。というのも、当時、僕はよく趣味で絵を描いていたのですが、どこにも作品を発表できる場がなかったんです。描いて終わり。そんな世界でした。そんな中、Webがあれば個人で自由に不特定多数に向けて自分の作品を届けられることに気づいた。いわば『自分がメディアになれる』と感じたんです」

1995年前後のWebは、いまのようにBlogサービスやCMSといった簡単に作成できるプラットフォームや環境はありません。Webサイトを公開するためには、自分でHTMLをゼロから書く必要がありました。

ただ、Webで自身の作品を公開したいという熱意を持っていた長谷川さんは、そのために勉強を続け、基本的な知識を自然と身についていきました。

長谷川「当時は、スクールやオンライン学習サービスもありません。一つずつ、自力で学ぶしかありませんでした。幸い、当時のWebの仕組みが、今ほど複雑ではなく、書くコードの量も多くはありませんでした。今でいうVRやARなどが、環境としては似ていて自分たちでルールを作っていく時代でした」

この頃からデザインにも興味を持ち、主専攻も国際関連学から、ビジュアルコミュニケーションデザインへと変更。デザインの歴史を学ぶ傍らで、作るスキルを高めていったといいます。大学卒業後は、そのスキルを活かし、制作会社へと入社します。

長谷川「向こう(アメリカ)には就活の文化がないので、あまりキャリアは意識していませんでした。僕の場合、たまたま、卒業前に出会った制作会社の方に誘っていただき、卒業後はその会社に就職。CD-ROMを筆頭としたマルチメディアのコンテンツを制作している会社で、コンテンツを表示する際のインターフェイスのデザインをしていました」

そこで、2年ほど働いた後、長谷川さんは突如帰国し、日本でフリーランスデザイナーとしての活動を始めます。その背景には、“条件が揃った”ともいえる状況がありました。

長谷川「日本に帰った理由は2つです。ひとつは、アメリカで9.11が起きて雰囲気が大きく変わったこと。アメリカ全体で、ビザを始めとした規制が厳しくなり、正直前向きに働ける環境では無くなりつつあったんです。もうひとつは、日本の企業から大きめの仕事のオファーをいただいたこと。これらを考えたときに、アメリカに固執することもないなと思い、帰国してフリーランスとして活動を始めたんです」
 

2.デザインがひっくり返った。だから、その理由から解決したいと思った

今でこそ新卒フリーランスという言葉も聞くようになりましたが、一般的には、デザイン会社で一定期間働き経験を積んだ上で独立する人が多いはずです。しかし長谷川さんは今から10年以上前に、大学卒業から2年ほどでフリーランスの道を選びます。その理由はとてもシンプルなものでした。

長谷川「単に、世間を知らなかったからですよ(笑)。日本のデザイナーが、どういったキャリアを歩むのかなんて知るよしもありませんでしたし、アメリカでもそれを知る機会がありませでした。何も知らない僕にとって、当たり前の道、なんてものはなかったのです」

当たり前がないからこそ、自ら道を切り開く。このスタンスは後々長谷川さんの仕事のスタイルにも繋がっていきます。フリーランスとして関わる仕事は、今で言うところのWebサービス上のUIデザインが中心。ただ、ビジュアルをデザインするだけではなく、いわゆる「コンサルティング」にも、早い時期から取り組んでいきました。

長谷川「作っているだけではどうしようもない、と感じる場面に出会うようになってきたんです。言われたものを作るのは簡単ですが、働く中では“ひっくり返る”経験が何度かあったんです。その原因が、根底にある課題は目の前のデザインでは解決できないことにありました。それなら、根っこの課題を適切にヒアリングし、それをうまく整理してデザインに落とし込まなければ仕事にならないと感じたんです。

すると、デザイナーの仕事って、だんだんセラピストだと思うようになったんです。誰かが抱えている問題に寄り添って、デザインという手段を使い解決方法を考える。時としてデザインだけでは解決できないこともあるけれど、そのときもなんとか解決方法を模索する。僕が肩書きを単に“デザイナー”と名乗らないのも、それが理由です」

人間の言葉には、表と裏がある。それが、長谷川さんの持論です。相手が語る言葉が、いつでもすべて本音じゃない。だからこそ、徹底的に目の前のひとりと向き合い、本当に解決するべき課題を把握することが、デザイナーには求められている。そう、長谷川さんは語ります。

長谷川「たとえば、口では『徹底的に良いものを作りたい』と言っている依頼者がいたとしましょう。でも、その本音が『適度に質の良いものを作って、なるべく早く帰宅して家族と過ごしたい』だとしたらどうでしょうか。お互い異なるモチベーションで仕事を進めると、どこかで溝が発生します。あるいは、どちらか一方が我慢しながら働くのかもしれません。

デザイナーには、そういうすれ違いがとても多い。日頃から視覚表現を生業としているために、言語でコミュニケーションを取ることが得意ではない人も少なくないからです。僕はその状況にメスを入れ、ある意味ではデザイナーの枠から大きく外れた働き方をしているんですよ」
 

3.デザイナーに必要な普遍的な資質「エンパシー」

1990年代中頃からデザイナーとしてキャリアをスタートさせた長谷川さん。彼から見る、今と昔とのデザイナーの違いは「業界」「能力」「価値」に表れています。

長谷川「まず、業界。僕らがデザイナーになったときは、Web全盛期。まだまだスマホは登場していない頃だったので、言うなれば無法地帯だったんですね。今はノウハウも豊富にあるだけでなく、様々なコミュニティでの交流ができるのも大きな違いです。

能力の点にも直結しますが、高いレベルの知識がなくても、ある程度は仕事ができました。複雑で難しいコードも登場していませんでしたから。Web サイトが作れるというだけでビジネスになっていたわけです。ひとりでも何でもできた時代からチームでデザインをするための能力が欠かせなくなってきてるのは昔と大きな違いだと思います。

そして、価値提供の仕方も変化しています。当時の Web デザインは、今のように成果を必ず求めるものではありませんでした。『ただあれば良い』『面白ければ良い』時期もありましたし、それが価値になっていました。今は何かしらの成果を求められている点も昔と違います」

業界、能力、価値。それらがめくるめく変化する中で、長谷川さんは多くの若手デザイナーの姿も見てきました。いつの時代も、活躍し、第一線を走るトッププレイヤーは表れます。長谷川さんに「活躍するデザイナー」の共通点を問うと、技術でも、才能でもなく、人としてのスキルを挙げてくれました。

長谷川「エンパシー能力の高いデザイナー、でしょうか。エンパシーとは、誰かに共鳴したり感情移入すること。デザイナーは、時代が変化しても、必ず人の気持ちを推し量ることが重要な職業です。これはユーザーに対してだけでなく、お客様、同僚、上司など関わる人すべてに対してです。

仕事を一緒にする相手が何を望んでいて、どう感じているのか。サービスを利用するユーザーの感情を想像できるのか。もちろん、サービスの作り手は誰しも持たなければならない目線ではありますが、結果を残すデザイナーは必ずその視点を持っています」

一方、時代に合わせてデザイナーの姿も刻一刻と変化を遂げます。長谷川さんが、若手デザイナーを見ていて一番実感するのは「漠然とした不安を抱える人が多い」ことです。

長谷川「一昔前は、有名デザイナーの弟子になる、有名なデザインコンペで受賞するといった『進み方』があったかもしれません。でも、今はそれだけではありません。賞は自分を守ってくれませんし、賞を獲らなくても活躍できる機会がごまんとある。表層的に凄い人がたくさんいるように見える SNS を見ては焦るし、それがどうしようもない孤独感や焦りに繋がるのでしょう。

そんな人には、生身の人と繋がることができるコミュニティに属するのが不安を解消する近道です。キャリアに関する漠然とした不安は消えることはありませんし、私でもこれから食べていけるのか不安はあります。解決は見つからなくても、同じような視点で悩んでいる人を見つけてコミュニケーションをとることで今後の進み方のヒントが見つかるかもしれませんし、何よりも気持ちが楽になると思います」
 

4.今を生きる若手は、新しいデザイナーの定義を創造できるか?

未経験からデザイナーへのキャリアチェンジが珍しくなくなった昨今。長谷川さんは、まず「誰かの困りごとを解決するデザインを経験してほしい」と、未来のデザイナーへエールを送ります。

長谷川「デザイナーの仕事は、自分ではなく、誰かが作ってほしいものを作る仕事なんです。ですから、まずは身近な人の困りごとを解決してみてほしい。たとえば、Webサイトを作りたいとは思っているものの、なかなか取り組めていない方に『デザインしましょうか?』と言ったら、喜ぶ人ってすごく多いはずです。誰かのために作るという過程には、自分が作りたいものを作るだけでは味わえない経験がたくさんできます。

もしも未経験ならば、作り方はググって、まずは無償でもいいから作ってみるといい。デザイナーに限った話ではありませんが、スキルは現場でしか身につきませんし、汎用的なスキルなんて実は大して存在しませんから」

まずは、無料でも良いので小さな課題解決に取り組むこと。そうして、実地で活かせるスキルを拾い集めていく。その後、キャリアを築き始めた成長段階では、多くのフィードバックを得られる今の時代らしさを活用すべきと長谷川さんは考えます。

長谷川「SNSの発達によって、作ったものに対するフィードバックが瞬時に来る時代になりましたよね。だからこそ、定期的に作ったサービスを世の中に出して反応を見ながら改善していくのがスキルアップの上でもおすすめです。

そして、何よりも大切なのは、自分はどうしたいのか、何をすることが幸せなのかを常に素直に考えて欲しいです。デザイナーに、決まりきった働き方や概念などはもうありません。これからのデザイナー像を作るのは、今を走る人たちですから」

[取材・文]鈴木しの [写真]吉竹遼 [編集]小山和之