制作会社、ベンチャー、CCO、起業、スタートアップ…多様なデザインキャリアを経験した、リーディングプレイヤーの生き様

成長は、自ら“絞り出す”もの。手を挙げて機会を掴む ──D&Experiment上谷真之

公開日:2020/05/11最終更新日:2020/05/11

「成長がとまることへの『恐怖心』に常に駆り立てられているんです」

D&Experiment代表の上谷真之さんは自身のキャリアをこう振り返ります。

新たな経験や、より難度の高い仕事を求め続け、制作会社やスタートアップ、起業と経験を重ねてきた上谷さん。現在は複数社のスタートアップを支援しながら、若手人材の育成にも力を入れています。

“成長機会”を求め続けてきたキャリアを紐解き、成長し続ける上で求められるマインドセットを伺いました。



1.人よりも数年遅い“はじまり”が、成長を志す原動力に

学生時代、バンド活動に熱中した上谷さんは、卒業後もアルバイトで生計を立てながら日本各地を飛び回り音楽活動に従事。数年間その生活を続けた後、音楽活動に区切りがついたタイミングで、はじめて上谷さんはキャリアを考えます。23歳のことでした。

上谷「バンド時代に、Webサイトやグッズの制作、発信などを経験していたこともあって、そのとき唯一頭に浮かんだ仕事が“デザイナー”だったんです。当時は『Webデザイナー』という職業が世に出始めた時期だったこともあり、自主制作で作った知人のサイトなどをポートフォリオにして面接にいきましたね」

20社ほど制作会社を受けた後、上谷さんは内定が出たSEOのノウハウを強みとする制作会社に就職。ここから、デザイナーとしてのキャリアがスタートしました。この時から、上谷さんの中には、明確な焦りがあったといいます。

上谷「同世代はもっと早くキャリアをスタートさせている中、自分は数年遅れてフリーターからのスタート。他の人の何倍も努力しなくてはと思い、入社するその日からいかに多くを学び経験できるかを考えていました」

通常の業務を人一倍こなすのはもちろん、勉強時間も確保せねばと朝は始発で出社。業務が終わった後も勉強のために居残り、業務時間以外で一日6時間近く勉強時間を確保。そうした生活は3年間も続きました。

しかし、時間が経つと徐々に“慣れ”を感じ始めます。

「このままではまずい」と再び焦りを感じた上谷さんは、より厳しい環境を求め、広告代理店からの受託制作をおこなう制作会社に転職します。

上谷「当時の環境はSEOが強みだったので、クリエイティブに求められるレベルは決して高くありませんでした。広告代理店からの受託制作は、短納期で質の高いアウトプットを求めらるなど、負荷がかかる案件も少なくないと聞いていました。だからこそ、その環境に身を置きたいと思ったんです」

ただ、負荷のある環境に身を置くだけでは十分ではありません。その中でも、自ら機会を作り出していきました。

上谷「経験が浅くても、不安があっても、機会があったらとにかく飛び込もうと意識していました。『これできる?』と聞かれたら、やったことのない仕事でも『できます!』と即座に引き受けるんです。でも、もちろんわからないので、そこから必死で勉強するんです(笑)。僕は怠惰な性格なので、環境に追い立てられる状況に意図的に身を置こうと考えたんです。キツい環境ではありましたが、その期間に鍛えられたことが多くありました」

この頃は、とにかく日々の業務から成長機会とインプット機会を作り、学び・成長し続けた上谷さん。最終的には、上司から「大事な案件だから上谷にやってもらおう」と言われるまでに社内でも信頼を勝ち得ていったといいます。

上谷「仕事ができるようになると、たくさんの仕事が回ってきます。すると、さらに成長機会が増え、新たな仕事や、大事な案件を任せてもらえる。負荷のある環境で経験したことは、成長のサイクルを作る上でひとつの型になっていきました」

2.“現場のデザイナー”から、事業、経営の理解者へ

制作会社で経験を積んだ後、上谷さんは2012年に学習管理プラットフォーム「Studyplus」を運営するスタディプラス株式会社に転職します。このときも、やはり現状への“慣れ”に対する危機感が起点になりました。

上谷「ある種の“飢え”のようなものかも知れません。自分の成長が止まるのが怖くて、仕事に慣れてくると『環境を変えて、さらなる成長を目指さなくては』という思いが自然と湧いてくるんです。スタディプラスは、スタートアップかつ事業会社。環境もガラッと変わり、苦労するのは間違いありませんでしたから」

この頃から、上谷さんがデザイナーとして求められるものは、単純なデザインのスキルや知見にだけにとどまらなくなっていきます。 単にデザインがあればいいわけではなく、事業を伸ばさなければいけない。そのために、事業作りや経営といった知見も日々インプットしていくようになりました。

上谷「スタディプラスに転職してからは、とにかく本をたくさん読むようになりました。例えば、マネジメントの話やチーム作りの話、スタートアップにおける事業の立ち上げ方から、伸ばし方、ファイナンスの仕組みなど…。一見別物に見える知識も裏でつながっていたりする。情報が数珠繋ぎに広がっていくんです。

また、スタディプラスは裁量も大きく実践機会も豊富にありました。学んだ理論や考え方をすぐに実践できたんです。実践の中でまた分からないことや悩む事象にぶつかれば、また新たなインプットすればいい。それを繰り返すと成長実感も得られて、どんどんインプットが楽しくなっていきました」

常に環境を変え続ける中、上谷さんが次なる環境として選んだのは、暮らしの情報サイトnanapiなどを運営する株式会社nanapi(現・Supership)です。ちょうど、スタディプラスの事業フェーズが変化するタイミング。「業界や前提条件が異なる環境でもっと挑戦を繰り返したい」という想いからでした。

上谷「nanapiに入社してからは、仕事のレイヤーがどんどん変化していきました。マネジメントや採用など、事業、経営寄りの仕事も増えていったんです。最終的にはCCO(Chief Creative Officer)として、デザインに携わるチームを束ね、経営を担う立場にもなりました」

当時、デザイン系の経営人材は希有な存在でした。デザイン経営といった言葉もなく、日々必要となる知識や経験も本にはまだ載っていないようなものばかり。その中で、上谷さんがよりどころのひとつにしたのは、同じような状況で戦う「人」でした。

上谷「nanapiの頃はメディアに出たり、専門学校の講師をしたりしていたこともあって『人』との出会いが急激に増えていきました。当時はまだCCOのような人も少なかったこともあり、数少ない同じ立場で取り組んでいる皆さんから学ぶ機会が圧倒的に多かったです。刺激も増えましたし、必然的に視座が上がっていった。僕は一貫して、“周りの人に助けられて今がある”と常々思っているのですが、この時は特にそう感じていた時期だったと思います」

nanapiは2014年10月にKDDIに買収され、2015年11月には3社合併(nanapi、ビットセラー、スケールアウトの3社が合併し株式会社Supershipに)を経てSupershipに再編。上谷さんは、Supershipでも経営とデザインをつなぐ役割を担います。ただ、Supershipでの役割は、nanapi時代とはスケールが大きく異なるより挑戦的な環境でした。

上谷「当時のSupershipは、KDDIグループにおけるインターネット領域の未来を担う企業として、とても大きな期待がかけられました。資本も扱えるリソースもこれまでとは段違い。成長機会としては申し分ない一方、『もっと視座を上げねば』『今のままでは全然ダメだ』と感じることも多く、もがき続ける日々でした」

3.起業家を経て再び考えた、“いちデザイナー”の視点

「経営者としても、デザイナーとしても、しようと思ってできることではない経験ばかりだった」と振り返る上谷さんですが、それでもさらなる挑戦機会を求める“飢え”はなくなりません。次なるターゲットに据えたのは「起業」でした。

上谷「nanapi、Supeshipでの経験が非常に濃かったので、次のステップには起業を意識しました。ただ、どうやるかを考える中でソウゾウ(編注:メルカリの子会社で新規事業創出を専門とする法人)と出会ったんです。当時のソウゾウには、イグジット経験のある起業家をはじめ各界のスタープレイヤーがぞろぞろいました。彼らの事業作りを間近で見れるのは、起業する上でも多くの糧が得られる。そう思い、飛び込んでみたんです」

実際、経験豊富なメンバーに囲まれ多くの刺激や学びを得られた一方、起業を見据えていた上谷さんは徐々に「焦り」を感じていきます。

上谷「周囲から刺激を受けすぎて『このままでいいのか…』と、日を追うごとにそわそわしてくるんです。優秀な方々と一緒に仕事をしているだけでは、彼らに追いつけるわけじゃない。自分自身でその経験を早々に積まなければと考え、とてもありがたい環境でしたが約1年在籍したのちに起業・独立させてもらいました」

退職後、上谷さんはBENTWO株式会社を創業。アパレルD2Cから始まり、ノベルティグッズSaaS、梱包資材ECなど、複数の事業の立ち上げ・運営を経験していきます。自分の手で事業を作る経験を重ねる中では、デザイナーとしての思考も大きく変化していきました。

上谷「『デザイン』の役割をより俯瞰的に考えるようになりました。何かビジネスを作ろうとなった時、デザインはあくまで一つの方法・選択肢でしかありません。必須条件でもなければ、事業によって重要性も異なる。必要であれば力を入れますが、いらなければいらない——。いくつもの事業と向き合ったことで、フラットに捉えるようになりました」

しかし、起業から約2年の試行錯誤を経て法人を解散。その理由として「起業家としてのビジョンの弱さ」「デザインと向き合いたい気持ちが強くなった」という2つを挙げ、この経験がデザインとの向き合い方を変化させるよい機会にもなったといいます。

上谷「正直、会社経営は失敗でした。ただ、デザイナーとしての自分と経営者としての自分を切り分けて使えるようになったこと、そして自分が“いちデザイナー”としてやりたいことがあると気づけたことは大きな収穫になりました」

起業経験に加え、上谷さんを奮い立たせる事象がもう一つ起こります。それは、人生の“残り時間”を意識したことでした。

上谷「実は2019年9月に初期のガンが発覚したんです。幸い進行が浅かったため、摘出手術を経てほぼ治せたのですが、初めて人生の“残り時間”について考えさせられました。振り返ってみると、僕のキャリアは、周りの先輩デザイナーや経営者など“人”に助けられてきた部分が本当に大きかった。だから今度は自分自身も『周囲や社会に経験を還元していきたい』と強く思うようになったんです」

4.デザイナーが育つ環境に、再現性を

ここから、上谷さんは“焦り”や“恐怖心”ではなく、“自分がなすべきこと”という軸で次の道を選びます。それが「自身の経験を還元すること」。 自身の経験を活かす「スタートアップの支援」と、経験を伝え広める「若手人材の育成」という2つのアプローチを選択。とくに、デザイナーの育成には強い思いを持っているといいます。

上谷「長年この業界にいる中で、『いいデザイナーいませんか?』と聞かれる機会は年々多くなってきているんです。ここ数年でデザインへの注目度は高まり、エントリー層は厚くなりました。 ただ、キャリアアップの機会や場が圧倒的に足りないため、いつまでも求められている事業づくりから関われるような“いいデザイナー”が増えていない。僕は人に助けられてその機会をたまたま得られましたが、それを再現性を持って構築し、“いいデザイナー”を世の中に増やせたらと考えているんです」

現在は手始めに、アシスタントとして若手デザイナーを二名を採用。徹底的にインプット・アウトプットの機会を用意し、スタートアップ支援の業務も一部を少しずつわたすように。「今はまだ実験段階だが、中長期では育成を仕組み化し、より多くの人の成長機会を作っていきたい」といいます。 自らの成長のために次々と挑戦機会を作り出し続け、次は他者の成長機会も生み出そうと取り組む上谷さん。インタビューの最後には、その経験をふまえ、デザイナーが成長を考える上で重要と考える点を伺いました。

上谷「少し抽象的になりますが、ある種の“生きる力”みたいなものでしょうか。いまデザイナーにはロールモデルと呼べる人もいなければ、正しく最短距離でたどり着ける学び方も存在していません。すべては、自分で考え、機会を生み出し、実践していくしかない。

もちろん、僕はその環境を整えたいと考えているのですが、いちデザイナーとしては環境に受け身になるのではなく、自らキャリアを切り拓く意識はとても大切です。僕自身、能動的に情報を集めたり、環境を変えたり、自発的にアウトプットしたことがキャリアを導いてきた。自らの意思で選択肢を生み出す力は、どんな環境でも欠かせないと思いますね」

 

[写真]今井駿介 [文]佐藤由佳 [編]小山和之