1.隔月発行の雑誌が情報のすべてだった
鈴木さんがデザイナーとしての道を歩みはじめたのは、最初に就職したパティシエの仕事をする傍らでのこと。お店のWebサイトを任されたことことをきっかけに、デザインに興味を持ったことがきっかけでした。
高校生の頃から、写真にタイポグラフィを組み合わせたビジュアル作りを趣味にしていた鈴木さんは、この時にあらためて“デザイナー”という仕事を意識。未経験からデザイナーへの道を模索しはじめました。
鈴木「当時、デザイナーになっていたのはほとんど美大卒。未経験でデザイナーになる道はほぼありませんでした。その中で、唯一可能性があったのがWebだったんです。そこで、最初は制作会社にマークアップエンジニアとして入社。まずはどのようにWebサイトが作られているかを知りつつ、デザインにも関わっていこうと考えました」
未経験からのスタートだった鈴木さんには、当然デザインの知識も、コーディングの知識もありませんでした。とはいえ、当時はそれらを学ぶ手法も今ほど多くありません。オンライン学習サイトのようなものもなく、検索して得られる情報も断片的なものばかり。その環境下で鈴木さんが注目したのは「雑誌」です。
鈴木「当時は、隔月で発行されていた雑誌『Web Designing』が情報源のほぼすべてでした。例えば、CSSコーディングでサイトをどう作ればいいかがソースの説明と合わせて載っていて、それを模写していました。他にも、海外事例の分析などもされていて、一通り読み込んでは業務でも試していましたね」
2.「教える」とは、経験を体系的に学びなおすこと
その後、デザイナーとしての仕事も徐々に任されるようになり、一年半ほど経験を積んだ後、転職。2社目に選んだのは、デジタルエージェンシーのFICCです。いまでこそマーケティングに強みを持ち50人を超える規模の同社ですが、鈴木さんが入社した2005年当時はまだまだ規模も小さく、挑戦的な環境でした。
鈴木「FICCでは、主に企業のブランディングやマーケティングを目的としたWebサイト制作を担っていました。僕が入社した頃は人数も今より少なく、フラットに制作と向き合う環境。皆で教えあいながら、実戦を通して経験を積むスタイルで技術を磨いていきました」
FICCに移った頃は、Webで得られる情報が急速に拡大していた時代。デザインのギャラリーサイトや、情報設計やビジュアルデザインの方法論を学ぶための情報ソースが公開されはじめ、事例のインプットにも役立てたといいます。
鈴木「このころはWebでの情報収集も圧倒的に便利になりました。ただ、僕は雑誌からも引き続きインプットを続けていました。といっても、Webの技術に関する雑誌ではなく、ライフスタイル誌やファッション誌などです。当時手掛けていた販促領域の仕事は、情報をどう編集して見せるかが要。その設計には、雑誌から学べる部分が多かったんです。画面内で視線をどう誘導するかとか、ターゲットに合わせてテイストをどう変えるかとか。とくに『メトロミニッツ』というフリーペーパーはとても参考になったので、配布日はよく駅まで走っていました(笑)」
時間とともに組織の規模が拡大すると、学びや知見を共有する機会も増加。会社としても個人技の集合ではなく、全社としていかにナレッジを貯めていく方向へシフトしていきました。鈴木さん自身、経験則を言語化・体系化しアウトプットする機会が増えていきました。
鈴木「人に伝える立場になって気づいたのは、感覚的にやってきたことは、他人が納得できるレベルに落とし込まないと、実戦で役立ててもらえないことです。そのため、単に経験をまとめて伝えるのではなく、その経験と関連するスキルや知見をあらためてインプット。全体感を整理した上で、伝えるようにしました。その中では、教えるために自分が教わったことも多くありましたように思います」
鈴木さんがFICCで活躍したのは、2000年代後半から2010年代前半。この頃は、デザイン会社は単にビジュアルを作るだけではなく、ブランディングやマーケティングの領域でも価値の発揮を求められるようになりました。それと同時に、デザイナーもビジネスを見据えたポジションへと変容していったといいます。
鈴木「その頃から、ビジネスにおけるデザインの役割を強く意識するようになりました。このデザインがブランドを知ってもらうためのものなのか、あるいは購買を促すためのものなのか。目的やターゲット、必要なコミュニケーションを想定し、ビジュアルのトンマナやメッセージを考える。意図を尋ねられたときに答えられるよう、デザインのロジックも強く意識するようになりました」
3.インプットとアウトプットの距離を縮める
FICCにおよそ8年所属した後、鈴木さんは独立。STANDARDを立ち上げます。
創業時には、Webサービスの立ち上げ経験のある仲間も参画。デザインに強みをもつ鈴木さんと長所を掛け合わせ、スマートフォンアプリやWebサービスにフォーカスするデザイン会社としてスタートしました。しかし、Webサービスの領域を深める中で、同社はある壁にぶつかります。
鈴木「技術的な意味でのサービスの作り方は徐々にわかるようになったのですが、ある案件で『自分たちには、コンセプト作りをはじめとした”企画”に関する知識や知見がない』と痛感したんです。本当に売れるのか、誰が使ってくれるのか……という事業にとっては欠かせない視点にコミットできていない。その経験から、『使ってもらえるサービス・プロダクトとはどう作れるのか』など、上流に興味を持ち積極的に学ぶようになりました」
はじめは、企業の一般的なビジネスモデルやアイデアの仮説検証の方法論など、事業作りに関する知見を多くの書籍からインプットしました。
鈴木「メンバーたちで読んだ本に関する読書メモや考察を自社ブログで頻繁に公開していきました。それがきっかけでお問い合わせをいただくことも多かったですね。サービスづくりを目指す人々の学びになればと考え、当時の記録は『本棚とノート』にまとめています」
他にも、国内の第一人者とともにワークショップを開催するなど、様々な手段を用いて学びを深めていきました。
こうしたインプットが功を奏し、徐々に価値発揮できると実感を得はじめた頃、STANDARDはプレイドからの相談を受け、同社のプロダクト"KARTE”に関わるようになります。事業を支える中では、徐々にプロモーションや採用など、プロダクトに限らない様々な施策も任されるようになっていきました。
カバーする範囲が広がる中では、学びとの向き合い方も変化。より、目の前の課題に対して適切な情報を効率的に学ぶ意識が強くなったといいます。
鈴木「インプットは実践しなければ定着しない。けれどインプットと実践の両方をあらゆる領域でやりきるには時間が足らない。なので、採用サイトを作るなら、採用ブランディングのインプットをしたり、LPを作るなら、マーケティングコミュニケーションの書籍を読み直したりと、手掛ける対象に対し寄与しやすい領域を体系的に学ぶように努めました」
この頃から、鈴木さんはプレイドに常駐して仕事をするスタイルへ。一般的なデザイン会社は受託制作やスコープの決まったスタイルが多い中、鈴木さんのように、インハウスのデザイナーのごとく柔軟に役割を変えながら会社にコミットするスタイルは、決して一般的ではなかったはずです。外部から来た鈴木さんがプレイドにフィットするために必要だったのは「コミュニケーションの濃度」だったと語ります。
鈴木「やはり物理的に距離があると、コミュニケーションはどうしても受け身になりがちです。リモートのチームと、同じ空間で机を並べるチームでは、物事の捉え方が違う。僕自身、一緒に時間を過ごす機会を作れたからこそ、社内の人間としての意識が生まれ、プロダクト作りにより貢献できるようになったのではと感じます」
4.効率を意識しつつ、「偶然」も大切に
2018年4月から、STANDARDは企業組織から、フリーランスが集うギルド型組織へと転換。鈴木さん自身も、STANDARDの代表を務めつつ、プレイドに正社員として参画します。
コミット先が複数になったことや、私生活では子供の誕生という大きなイベントを迎え、インプットに使える時間は激減しました。しかし、限られた時間の中でも常に情報をキャッチアップできるよう、学び方に工夫を凝らします。
鈴木「必要な情報が記されている本を見極めるのは、容易ではありません。知人に聞いたり、社内の人が読んでいる本から選んだり、Amazonのレコメンドを信じたり、多様なルートで本を読むようにしています。
あとは、イベントのスライドも頻繁にチェックしています。参加できなかったイベントでも、最近はオンラインに公開されていることが多いので、スキマ時間を使って少しずつ目を通したりしています。わずかずつでもインプットの蓄積を通して土台を作ることが大切なので、継続を心がけています」
一方、単に目の前の課題を解決するためだけにインプットを続けるのも良くない、と鈴木さんは指摘します。もちろん、限られた時間の中で実践するのは難しい部分もありますが、実用性だけを重視しない多様なインプットが、中長期で見ると還元されることもあるといいます。
鈴木「例えば、知人がたまたま勧めてくれた本と今自分が読んでいる本の一部がリンクしたり、まったく異なる分野の本で同じことが語られていたり、といったことがあります。そうした読書経験により学びがより深化されていくと感じています。他にも、本棚に持っている本を並べて、いろいろな角度からグルーピングをしてみると、新しい発見があると思います」
5.思想は技術に宿り、技術は思想を支える
現在、ネット上にはオンライン学習サイトやメディアをはじめ、さまざまな情報やツールが存在します。その中でビギナーはどのように学びと向き合うべきか。鈴木さんは、「技術と思想の両輪」の大切さを指摘します。
鈴木「デザインツールの使い方のようなハウツーだけでなく、作る対象の背景にある思想や何を考えデザインされたといった意図も理解したほうがいいと思います。同種のプロダクトでも、思想や考え方はそれぞれ異なる。根底を知らないと、自分のつくるデザインが、何にどう貢献するのかが分からないまま走ることになりかねません。例えば、UIをトレースするならアプリデザインの方法論も一緒に学べたほうが理解が深まるし、ビジュアル表現を極めたいなら、マーケティングコミュニケーションやブランディングも知っておく必要があると思っています」
一方で、手を動かして「作れるようになる」ことの重要性も強調します。
鈴木「とはいえ、知識ばかりで頭でっかちになるのは避けなければいけません。デザイナーである以上、技術は一定身につけ、手を動かせるようになる。すると、思想や考え方も理解しやすいですし、現場で価値を発揮しやすくなると考えています」
デザインを入り口に様々な領域を横断し、学び直しを積み重ねてきた鈴木さん。ビギナーからプロフェッショナルへの道を繰り返し歩むことができたのは、「仲間がいたから」と振り返ります。
鈴木「僕が学び続けられているのは、ともに学ぶ人がいるからだと思います。会社を作った仲間たちとアウトプットを続けられたのもそうですし、プレイドでも同僚と一緒に学べています。学びは、一人でやると難しい。疲れてしまうし、効率が悪い。何より、楽しくないんです。でも、同じテーマについて学びを共有し、難題に一緒にチャレンジできる人がいると、諦めないで続けられる。例えばオンライン学習サイトのような一体多数の場でも、そうした関係性を作ることはできるはず。仲間とともに、持続的な学びを実現できるといいなと思っています」
[写真]今井駿介 [文]藤坂鹿 [編]小山和之