1.独学とインターンを通じて、デザインに触れていく
三古さんがデザインと出会ったのは大学生の頃。きっかけは、メディアに特化したゼミに所属する中で、WebサービスやIT企業のオフィスを紹介していた高校生ブロガーさんに取材をしたことでした。そこからWebサービスに興味を持ち、当初はサービスを“つくる”職業として、エンジニアを志します。ただ、コードを学ぶ中で、自分のやりたいことは「デザイン」だと気づく瞬間がありました。
三古「エンジニアを目指そうと思い、当初はPHPなどを勉強したのですが、コードを書くうちに“これじゃない”という感覚があったんです。例えば、プログラムを書いてWebページに入力欄を表示させるのですが、その“機能”を作ることよりも、それが“どうしたら使われるか”、“使いやすいか”の方が興味があったんです。『仕組み』そのものではなく、自分は『デザイン』をやりたいんだと気づいたんです」
そこから三古さんは、独学でデザインを学びはじめます。最初は入門書として知られる『ノンデザイナーズ・デザインブック』など何冊かのデザイン本を購入し、本を片手に、手を動かしながら学びはじめます。ただ、すぐに現場で学びたいと考えた三古さんは、インターン先を探し始めました。そこで出会ったのが、スタートアップです。
三古「最初はエンタメ系のWebサービスを展開するスタートアップに入り、次に出会ったのが、当時SAKELIFEを運営していた日本酒スタートアップClearでした。ここで、デザインもやりたいけど、スタートアップにも関わりたいという思いを強く持つようになりました。
Clearでは、大型冷蔵庫の中で日本酒を包む作業や、CEOの生駒龍史さんからマンツーマンでスタートアップの経営について教えてもらい、とにかく “スタートアップ”を1年半学んだ期間でした。デザイン面は、日本酒ダイニングバーに置く販促物や日本酒のチラシなどのデザインも経験しましたね」
スタートアップへの興味関心を深めた一方、まだ「これをやった」と言えるデザインの実績がなかった三古さんは、学生時代最後にインターン先に、マッチングアプリ『Pairs』を展開するエウレカに入社。卒業と共に、新卒デザイナーとして働きます。この頃を三古さんは、「人生で一番働いていた時期」と笑って話します。
三古「当時の僕は、本当に簡単なデザインしかできないくらいのレベル感で、『1日かけていいからバナーを作って』と言われても、数日かかることもあるくらい。スタートアップの成長速度に追いつかねば……と日々焦りながら体力の続く限りとにかく働いていました。先輩にフィードバックをもらうことができたのは、エウレカでの大きな経験のひとつです。
また、毎週のようにユーザーインタビューをしていたので、ユーザーの声を聞く大切さも身をもって体感しました。このときの経験から、デザインと向き合う上でユーザーの声は欠かせないと強く感じましたね」
2.幅広い業務の中で、ツールの使い方・仕事の効率化を学ぶ
ただ、入社半年ほどで体調を崩しエウレカを退職。それでも「デザインをやりたい」と思った三古さんは、デザインに集中して取り組める環境を探しはじめます。そこで頭に浮かんだのは、インターンをしていたClearとオフィスをシェアしていた、DENDESIGN代表の大堀祐一さんでした。
三古「正直、挨拶をしたことがある程度で、ほぼお話をしたことはなかったのですが、思い切って連絡しました。デザインを学びたいけれど、一度体調を崩してしまったので少し療養してからデザインの仕事をしたいと話したところ、『うちでゆっくり仕事しな』と声をかけてもらい、はじめはアルバイトとして入社したんです」
当時のDENDESIGNはリクルートキャリアをはじめ、さまざまな企業のWebサービスやアプリのデザインをおこなう制作会社。代表の大堀さんはUXという言葉が広く知られる前からUXの重要性を認識し、UXについて教えてもらったり「こういう体験がいいよね」とディスカッションを重ねていたといいます。三古さんはここで、UIデザインからフロントエンドの実装まで、ロゴ制作など幅広く経験をしました。
三古「大堀さんから本当にいちから教えてもらいました。サイトの模写をしたり、オススメされた本を読んだり、デザイン〜実装までを一通り経験したり……。多くの経験ができた時期だと思います。デザイン自体ももちろんですが、『ツールの効率的な使い方』を学べたのも大きかったですね。いかに仕事を効率化させるかはこの頃に学んだと思います」
DENDESIGN入社から1年ほど経ち、デザインの仕事にも慣れてきた頃、三古さんの中には再び「スタートアップで働きたい」という秘めていた想いが。その想いを正直に大堀さんに伝え、転職を決意。スタートアップへの道を再び歩みます。
三古「一つの目標に向かってサービスを作り上げ、ユーザーの元にサービスが届き、帰ってきたリアクションに一喜一憂しながら改善を繰り返す。スタートアップで事業と向き合うこの姿勢がとても好きで、やはりスタートアップで働きたいと思ったんです」
次なる環境として選んだのは、ネットショップ開設サービス「BASE」を展開するBASE株式会社でした。決め手になったのは、就職先を探す上で意識したのはユーザー視点と、アプリのデザインを手掛けられる環境という点です。
三古「BASEを選んだのは、ユーザーのリアクションが聞けそうなサービスであること、自分自身もユーザーになれるサービスだったからです。そして、次に携わるならアプリをやりたいとも考えていました。BASEの面接では『アプリがとてもやりたいので、その機会が巡ってきたら採用をしてください』と伝えたくらいです。UIデザイナーとしてステップアップするためにも、当時主流になってきていたアプリデザインをやりたいと思っていました」
3.デザイナーが、もっとも良い選択をするためには?
入社当時、BASEのデザインチームは三古さんで4人目。ただ、三古さん以外の3人はWeb担当だったため、アプリは実質ひとりで担当することになりました。当時の三古さんは、アプリデザインに関する経験はWebに比べると少なかったといいますが、これまでUIの勉強としてさまざまなアプリサービスのスクリーンショットを撮って分析する、という学びを続けてきました。この積み重ねが大いに役に立ったと言います。
三古「アプリの全画面のスクリーンショットを取って、ファイルに分け、保存。それを見返して、デザインの背景や意図を考察するんです。これは、エウレカでお世話になった亀谷さんから『デザイン変更があった時、どこがどう変わったのか、研究したほうがいい。なぜ以前のUIが没になって、新しいUIになったのかもっと考えていくと答えがある。他サービスのデザインを考察することは、自分がデザインをするときにもっとも良い選択をするために重要だ』と教わってはじめて、今もずっと続けています」
自分で積み重ねてきた学びを生かし徐々にアプリデザインへ慣れていったものの、ひとりで担当することは自由度が高い反面、フィードバックをもらえない環境でもあります。次第にその限界も感じるようになりました。“フィードバックをもらう”ことが重要だと考えた三古さんは、エンジニアや社外のデザイナーなど様々な人にアクションを起こしていきました。
三古「まずは身近なところで、iOSやAndroidのエンジニアとの関わりを強く持つよう、意識しました。iOSエンジニアの方はなんでも実装できるタイプ、Androidエンジニアの方は『AndroidのガイドラインはここやここがiOSと違うけど、どうする?』など一つひとつ細かくフィードバックをくれるタイプでした。その時にはじめて、iOSとAndroidは別のデザインとしてしっかり作り込まなくてはいけないのだと学びました。
デザイナーの意見がどうしても欲しいときは、仲の良い社外のデザイナーに相談したり、フィードバックをもらったりもしましたね。特に、当時フリマアプリFrilのデザイナーでBASEのユーザーでもあった割石裕太さんにはお世話になりました。『新機能をリリースしたのでフィードバックをお願いします』とメッセージすると、長文でフィードバックをいただき、とてもありがたかったです」
「“知ってる人”や“わかる人”に聞くこと」の大切さを実感した三古さん。それ以来、自らの限界を感じたら、他の人に聞くというサイクルを続けてきたと言います。
三古「誰にも聞けなくなって、正しいかどうかわからない期間が続くと、同じようなものをつくりがちになります。『とりあえずリリースしてみよう』で出したものが、改善の余地があるのにずっと使われている、という状況はマズい。参考として他のアプリのデザインを見たとしても、そこから正解が導き出されるとは限らないですし、他者からのフィードバックはとても大切ですね」
4.デザイナーは学び続けていく職業。良いと思った情報を選び取り、実践を繰り返す
BASEのアプリデザインを担当した後、三古さんはBASEから分社化したPAY株式会社に異動。オンライン決済という新たな領域で、インターフェイスだけでなく、サービスデザインや、個人間送金の法律に沿った体制づくりも経験します。
PAYへの異動から半年後、さらに成長できる場にそろそろ挑戦したいと考えた三古さんは転職活動を開始。そこで出会ったのが、THE GUILDでした。BASE時代から、ハンドメイドマーケットアプリ「minne」をベンチマークしていた三古さんは、2015年からUI/UX顧問として携わっていた、THE GUILDの深津貴之さんの動きをずっと意識していたといいます。
三古「minneはライバルとしてずっと追っていたんです。改善のスピードが早く、伸びていく様子を横目で見ながら、外部からでもここまで成果を導ける深津さんはすごいと純粋に思っていたんです。安藤剛さんが顧問を務めるU-NEXTも成果が出ているという話を聞いたので、THE GUILDであれば多くのことが学べそうだと思い、記念受験くらいの気持ちで応募してみたんです。すると、まさかの内定をいただき、入社することになりました」
THE GUILDでは、UI / UX デザイナーの大宮聡之さんや、インターフェイス・デザイナー、フロントエンド・デベロッパー、UXデザイナーの北田荘平さんの二人につき、打ち合わせの同行から、UIデザインを担当。第一線で活躍する方々の業務を間近で見る経験を重ねます。
三古「THE GUILDでは、UIデザインのフェーズがある案件に設計段階から携わってきました。お二人はそれぞれやり方が異なるため、双方から学びがあるのはとてもありがたかったですね。THE GUILDでは、人がデザインしたものを『よく見る』ことから学ぶようになりました。
例えば大宮さんが作成したものを見て『こんな風にコンポーネントをつくっているんだ』とか『なぜこのデザインは、こうしたんだろう』と考えます。しかも、聞ける距離に本人がいるので、疑問を持った部分は聞く。直接デザイナー同士で議論もできる環境はとてもありがたいです。普段プロジェクトでは関わらない方でも、定期的にデザイン部会が開かれので、そこで質問・相談ができるのも助かっています」
この経験を経て、2019年1月に独立。THE GUILDにはパートナーとして所属しつつ、今はマンガ情報サービス「アル」をはじめ、スタートアップを中心に事業に伴走しつつプロダクトと向き合っています。
ただ、独立したからこそ、学びとの向き合い方は重要になると、三古さんは考えます。
三古「デザイナーやエンジニアの仕事は、常に学び続けなければいけません。極端に言えば、変化が激しい業界でデザインを勉強しない人・学ばない人は、この職業をあきらめたほうがいい。深津さんも話していましたが、学ぶことをやめたら死ぬといっても過言ではありません。僕自身、先輩等に丁寧に教えてもらう、いわゆる勉強をした期間が長いわけではなかったからこそ、現場での学びや自ら空いた時間でいかに情報の吸収ができるかといった重要性を肌で感じています。最新情報や流行りのキャッチアップなどもふくめ、あらゆる場面で学び続ける姿勢は大事にしていきたいですね」
学生時代から独学でデザインを学び、いくつもキャリアの壁を乗り越えてきた三古さん。成長の背景には、学びへの貪欲さだけなく「情報の選び取り」と「場数を踏むこと」に秘訣があるのではないでしょうか。
三古「情報があふれている今の時代、情報は探せば出会える環境があるはずです。あとは自分が吸収していくだけ。自分が良いと思った情報を選び取り、やってみることができる時代です。現場の仕事でも、個人ワークでも、とにかくやってみて場数を重ねる。初学者の頃は、僕はポートフォリオをこれまで何度もつくり替え、0→1を何度も繰り返してきました。吸収したものを元に、自分で考えつくることを繰り返す。その積み重ねが必須だと思いますね」
[文]佐藤由佳 [写真]吉竹遼 [取材・編集]小山和之