“野良系デザイナー”は、いかにしてデザインを体得したのか

可能性は「わからないこと」に詰まっている。DeNAデザイナー和波里翠

公開日:2020/04/02最終更新日:2020/04/03

株式会社ディー・エヌ・エー(以下・DeNA)のUI/UXデザイナーで、グラフィックレコーダーとしても活躍する和波里翠さん。

「デザインの参考書を読むのも好きですが、私はたぶん『野良系デザイナー』なので。今回の取材テーマが『デザイナーの学び方』と聞いて、ちょっと焦ってしまったんですよ(笑)」と話します。

小学生時代、和波さんが好きだったのは図工室。描くことで物事を理解したり、表現したりすることを自然とおこなってきたそう。

「野良系デザイナー」とは、一体どのような意味なのでしょうか。和波さんのこれまでのキャリアや、「デザインや描くことをどのように捉え、体得してきたか」について伺ってきました。



1.UI/UXデザイナー兼グラフィックレコーダー

和波さんは、新卒では株式会社デジタルガレージの受託制作部署に入社。食料品の製品パッケージやブランディングにおけるグラフィックデザインやWebデザイン、UIデザイン、アートディレクションなど幅広く経験しました。2015年からはDeNAのUI/UXデザイナーに。現在はヘルスケア事業部の新規/既存事業開発に携わっています。

和波「いま担当しているのは、ヘルスケア事業部における美容新規事業の業務提携締結など事業づくりの根っこの部分から、サービス全体の体験設計やUIデザインです。

私はデジタルガレージ時代、ユーザーに届けられるサービス自体を『プレゼント』、サービスのWebサイトや製品パッケージを『ラッピング』と捉えて、プレゼントそのものを作りたいと考え今の職場に転職しました。それが、今まさに実現しつつあるんです」

和波さんには、社内外で「グラフィックレコーダー」として活躍するもう一つの顔があります。企業のビジョン設計や会議の場など、数百カ所以上の対話の場でグラフィックレコーディングをおこなってきました。日本では「グラレコ」と略され、さまざまな役割が存在しますが和波さんは「リアルタイムで対話を可視化する」ことをグラフィックレコーディングと呼んでいます。

和波「グラフィックレコーダーというと、イベントの隅でやっている人というイメージもあるかもしれませんが、私の場合は対話の場に入り込み、ファシリテーションの役割まで担うことが多いですね。専門家や研究者が集まる場で、議論を重ね未来予測をする、といった会議のレコーディング兼ファシリテーションを務めたこともあります」

グラフィックレコーディングについて、「小学生の頃から似たようなことをしていたんです」という和波さん。もともと「言葉」が苦手だったこともあり、幼い頃から自然と「描く」ことが身近だったといいます。

和波「描くことを通して物事の理解をしようとしていました。何かを描いていく中では、どんどん表現できないことが出てきます。『なぜできないんだろう』とか『ここを表現できない(=わからない)のはなぜだろう』いう発想になって、調べたり考えたりしながら、また描く、ということを続けてきました。学校の授業でノートをとる時は、イラストと図解でまとめていましたね。

社会人になってからも、さまざまな場で図や絵を用いて、理解や説明をしていたら『それはグラフィックレコーディングと呼ぶんだよ』と聞いて、目から鱗でした。その言葉を用いて自分のスキルを表すことで仕事の幅が広がるのではないかと考え、以来仕事としてもおこなうようになりました」

2.1日1デッサンを継続。図工室はコミュニケーションの場

幼い頃から和波さんの基本にあった「描くこと」。もともと身近な行為だったとはいえ、どのようにそのスキルを体得・向上してきたのでしょうか。その一つには、小学校の図工の授業で習った「デッサン」にありました。

和波「小学4年生の時、図工でクロッキーの授業があって、デッサンと出会いました。それ以来、目の前にあるもの、例えば鉛筆や消しゴムを『観察して描く』ようになって。それがすごく楽しかったんです。1日1デッサンと決めて、中学生ごろまで継続していましたね」

図工室での経験は和波さんにとって原点とも言える、印象深い記憶。熱心な図工の先生で、児童と作品日記(交換日記)を交わしていたそうです。

和波「新しい画材が入ったら『使ってみる?』とどんどん勧めてくれたり、『もっと和波さんの絵がみたいな』と言ってくれたりしていました。先生と交わした交換日記では『私はこの作品をこういう意図で作ったのですが』『ここがうまくいかないと思ったのですが』と伝えたり、先生から『ここが良いと思うよ』と褒めてもらったりしていましたね」

描いたり、描いた絵について意見を交わしたり、和波さんにとって描くことは、コミュニケーションの一環でした。

和波「単純に楽しかったんです。絵を描いているうちに、下級生がそれを欲しいといってくれて、絵をあげることもありました。『今日はあの子のリクエスト通りに描けたな』とか『こういう絵が人気の傾向なんだな』という感覚がして嬉しく、モチベーションになっていましたね」

3.「わからないこと」が出発点。手と足と目を使って

和波さんの「描く」方法は、デッサンだけにとどまらず、デジタルツールにも広がっていきました。PhotoshopやIllustratorの使い方は、小・中学生の時に経験した地域イベントのポスター制作などを通して、自然と覚えたといいます。児童館で借りられるデザインツールを使ってみる中で「わからないこと」が出てきたら、調べる。その繰り返しをすることで、徐々に使い方を体得していきました。

和波「私は、必要になった時に、必要な知識を得たいと考えていて。目的がある方が動きやすいんです。そのため『ポスターが作りたい』という目的があったら、まずは作り始める。Illustratorを使いながら『わからないこと』が出てくれば、どんどん調べていました」

自身を「手と足と目を使うタイプ」と表現する和波さん。大学では芸術学部に進学。卒業後、社会人になってからも「わからないこと」を起点に探求したり、「やってみることで体得する・理解する」スタンスは続いていきました。前職で、書籍のPOP広告や薬のパッケージデザイン制作を担当した際には、既存の商品を買い集めに走ったといいます。

和波「新卒ではじめて担当したのは、書店に置かれる書籍のPOP広告でした。そこで、仕事帰りや休みの日に20店舗ほど書店を回って、どのようなPOP広告があるのかを見て回ったんです。駅前にある大型の書店から、個人書店まで。

Webで調べたり、Pinterestで検索したりすれば『画像資料』としては出てきます。しかし、自身が広告を受け取る側のユーザーになって、その体験をしてみないと、どんなデザインにするべきか、わからない。店舗という空間に来る人は、どんな気持ちで来店して、どんな体験をしてどのように帰るのか。観察したり、実際に購入して体験したりしていました」

4.描くことで違いを理解し、導いていく

和波さんは、受託制作会社に所属していた、2014年頃からグラフィックレコーダーとしても活動を開始。トライアンドエラーを繰り返しながら、徐々に活躍の場を広げていきます。グラフィックレコーディングの面白さについて聞くと「人間を一番感じられること」という答えが返ってきました。

和波「描くと、人それぞれの思考の違いを掴めたり、新しい視点に気付くことができます。たとえばベン図のようなイメージ、Aさんが考えていることと、Bさんが話していることの部分集合がある。それがどれくらい重なっているか、はたまた全く異なるのか、描いて可視化することで認識を共有し、落としどころを見つけていく。そういった全体集合の外側から観察して場を揺さぶっていく一連の思考の中に面白さがあります」

グラフィックレコーディングの仕事では、ファシリテーターの役割も同時に担い、その場の会話をリアルタイムで可視化する和波さん。「描く」とはどのような行為なのか、どのような役割を認識しているかについて、こう話します。

和波「人の言っていることを『きく』ために、描くんです。言語に強い人であれば、会話しているだけで、ある程度他者を理解できるのかもしれません。しかし、そういう人ばかりではなかったり、『分かる分かる』と共感を示していても、実際は、私は何をわかっているんだろう?となります。私自身は、描かないと『こう解釈して良いのか?』と不安になってしまうタイプ。だからこそ、みんなの考えを聞いて可視化し、みんなが「具体的に見える」状態を作り、対話を導いていく。そういう役割を担っているんです」

和波さんは、受託制作会社を経験したのち、2015年にDeNAに転職。受託制作会社のデザイナーから、事業会社のUI/UXデザイナーへの転身。事業会社のインハウスデザイナーとしてのスキルや知識はどのように身につけていったのでしょうか。

和波「受託制作から事業会社へガラッと環境が変わったため、DeNA入社当初は経験のないことばかりでした。このままではまずいと思い、事業会社系デザイナーの話を聞くためにイベントに参加したり、HCD(Human Centerd Design)の勉強会に参加したりしましたね。入社当時は年間30〜40件はデザイン系イベントに参加していたと思います」

5.“現場”で進化し続ける、野良系デザイナー

DeNA入社時点で、既にグラフィックレコーダーとしても活動していたため、必要な場であれば参加者兼グラフィックレコーダーという形で学びの場にも参加していたそう。和波さんにとって、スキルや知識を体得するために「かく(描く・書く)こと」は欠かせないようです。

和波「特にUXに取り組む際は、理論を理解しなくてはいけない側面も大きかったのですが、なかなか腑に落ちないこともあって。だからこそイベントやセミナーで、アカデミックな話を直接人から聞けたのは良かったですね。グラフィックレコーディングをしていたおかげで、さまざまなイベントにお誘いいただき『仕事しながら学べる』状況でした。ありがたいし、純粋に楽しい。ラッキーな学び方をさせてもらいました」

和波さんは日々、頭の中にさまざまな疑問が浮かび上がります。その時はわからなかった疑問も、何年か経って「そういうことか」と合点がいくこともあるそう。湧き上がった疑問や「分からないこと」をそのままにせず、なんらかの形で自身の中に留めておくことは、学びのヒントになりそうです。

和波「Illustratorはベクターイメージなので、拡大してもギザギザしませんよね。私は子どもの頃『なぜラスターイメージと違って拡大縮小しても、ぼやけないのだろう』と疑問を持っていたんです。高校生になって数学でベクトルの考え方を学んで『そういうことか』と理解できました。疑問を持っていたことを、後から理論で知れるのは面白いですね」

手や足や目を使い、体験から学ぶ、現場で学ぶという方法を自然ととってきた和波さん。その学び方・体得の仕方を本人はこう整理します。

和波「私は子どもの頃から読書が好きで、図書館にあるデザイン本などを含めた専門書や図鑑を『本棚のここからここまで全部読もう』と考え、一定期間集中して読んだこともありました。ただ、理論として納得しても忘れてしまったりアウトプットにあまり繋がりませんでした。アカデミックな話や理論も大切ですが、私の場合うまく自分自身の中に落とし込むには、手や足を動かして体得するといった行為が必要でした。

現実では、理論の通りではないことも多々あります。理論で『これが正解』と思っていても、現場で人と一緒に仕事をしてみたら『あれ、全然違う…?』ってこともある。現場に出て『やってみないとわからないこと』は、多いのではないかなと思うんです」

UI/UXデザイナーとしてもグラフィックレコーダーとしても、和波さんに一貫しているのは人の思いや考えを汲み取り、描くことによって理解し、アウトプットによって代弁する姿勢です。取材の終盤、これからデザインを学ぶ人にとってメッセージとなる言葉をいただきました。

和波「事業会社のデザイナーになったから、ロールモデルを見つけなくてはと考え、多くのセミナーに参加していたんです。しかし、さまざまなところで学ぶ中で『ロールモデルは存在しない』と自身の中で結論づきました。

存在しないというか『こうあるべき』に囚われる必要はない。その時やるべきことに集中して、本気でやっている人たちこそ輝いているなと感じます。だからまずは一生懸命やらないと始まらない。そう考えて、今はやっぱり『何事も目の前の“できること”を大切に』という意識で、日々現場の仕事に向き合っています」
 

[写真]今井駿介 [文]佐藤由佳 [編]小山和之